2011年3月15日火曜日

写真あれこれ

今、我が家の庭一面に咲き誇っていて、香しいです。
3月10日には、大阪の住吉大社にお参り、大社内の珍しい丸橋? に出合いました。

2011年3月12日土曜日

湯の山 パラミタガーデンにて

湯の山温泉へ行く途中にパラミタガーデンに立ち寄りました。そこで珍しいピンクのアセビに目がとまり“カシャット一句フォト575”といきたいのですが……
“雪に耐え今ぞとばかり冴えわたる”

2011年3月9日水曜日

エッセー 母は強かった

  母は強かった

 「もう我慢できん、登を返してもらってきてくれ」
学校から帰るのを待ちかねていたかのように母が言った。私は鞄を置いてすぐ自転車で家を出た。しかし、3ヶ月前に、父方の伯父が来訪して、よく話し合ったあと、弟は叔母の家へもらわれて行ったのだ。
 私の父は南川家の長男でありながら、いろいろな理由で家を出てしまい、末っ子のおとめ叔母さんが跡を継いでいた。だが、あいにく、子に恵まれなかったため、私の弟が養子になるよう、母も納得してのことだった。
 いまさら登を返してなんて言えないではないか。私の好きな、おとめ叔母さんに申し訳ない。一方、母は、弟がいなくなってから一ヶ月、目に涙を浮かべて悲痛な想いにふけっている姿が目に焼き付いている。その気持ちも痛いほど分かる。その時、弟は三歳で可愛い盛りであった。二人の心中を察しつつ、約三十分ペダルを漕いだ。
叔母は、弟を負んぶして玄関に出てきた。
「母ちゃんが登を連れて来てって言ったの」
「登はここがええと言うとるわ」
私はそれ以上何も言えず、家に帰って報告すると、
「母ちゃんが行って取り戻してくる!」
母は家を飛び出して行った。あたりはうす暗かった。
 夜遅く母は弟を連れて帰って来た。
 「おとめ(叔母)の膝の上に座っていたが、しばらくして、そーっと母ちゃんの膝の上に座りに来た。登は我慢していたんだ。もう登を手放さん」
と強く言った。